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小説

小学生のとき、国語の時間に「お話を書きましょう」という時間はありません でしたか?私はあれでお話を書くという味を覚えて、中学校高校と、授業中暇 を見つけてはちょこちょこ短篇小説もどきを書いていました。大抵プロットに 無理があって、最後まで書いたのはちょっとしかありません。 ここにあるのは、その一部です。全部載せる気はないので、その触りだけをお 見せしましょう。(読み返すと懐かしい‥‥)

一八七谷


 本隊を出たのは朝の四時だったにも関わらず、もう日は傾き始めていた。上
尾は頭上を見上げ、木々の梢の隙間から太陽の高さを確かめると、また歩きだ
す。沢沿いの険しい山道を歩くのはきつい。まして、数時間にわたる逃避行に
よって、すっかり右足首を痛めてしまっていた。本隊の新拠点まではいくつも
山を越えねばならない。厳として聳え立つ山々を前にして、上尾は自分の不運
を呪わずにはいられなかった。



 嫌な予感は、昨日の昼に命令を受け取ったときからしていた。呼ばれて二佐
のテントに入ると、妙に雰囲気が気まずかったのだ。

「上尾一等兵、入ります」

礼をして入ると、その場にいた隊長がコップを出してくれた。暑いテント内で
は非常に嬉しいものだったが、一口飲んでさらに驚き、危うくむせるところだ
った。

「こ、これはウイスキーでは……」

「そうだ。だが、今は構わん、特別に計らってやる。どうせお前の出撃は明朝
だ、今飲んでも差し支えない」

「はっ」

口をつけつつも周りを不安そうに見回している上尾に気づいた隊長は、

「は、は、心配するな。私たちはアルコールには一滴も手を付けていない」

と言うと、何かを隠そうとでもするかのようにタバコをくゆらせた。

 上尾が飲み終えてコップを従卒の一人に返すのを見て、参謀将校の一人が地
図を広げたテーブルの脇に立ち上がった。上尾は再び気を付けの姿勢をとる。

「では、上尾一等兵に命令を伝える。……おいおい、そんなに硬くならなくて
もいいぞ。それではせっかくウイスキーをやった意味がない」

「はっ」

とは言え、ここに並ぶのは士官ばかりで、そうくつろげるものでもない。軍隊
式休めの姿勢をとった上尾を見て、参謀は苦笑した。

「……まあいい。一等兵は明朝4:00に89式軽ジープに搭乗し、索敵に出
動する。ポイントはここだ。ここに5:30までに到着し、本部に暗号で状況
を入電後、6:00より第一八七谷一帯及び第一八八谷の一部地域、こちらは
見えるところだけでいい、無理はするな、を目視及び熱線による監視に入れ。
何かあれば自分の判断で重要と思われる事項だけを伝達せよ。その他について
は通常任務と同様だ。質問は?」

「帰投は何時でしょうか」

「こちらから指示のない限り18:00を目途とする」

「失礼ながら、『目途』とはどういう意味でしょうか」

「状況次第で変化するということだ」

嫌な予感が予感ではないことに薄々感づいたのはこのときだった。部隊配置図
も何か様子がおかしい。

「分かりました。もう一つよろしいでしょうか」

「なんだ」

「同行者は誰なのでっしょうか」

「いない。シングルミッションだ」

「……分かりました。以上です」

「よし、退出してよし。今日一日は一切の雑務免除だ、ゆっくり休め」

「はい、上尾上等兵、退出します」

回れ右をしてテントを出ようとしたとき、背後から参謀の声が飛んだ。

「上尾上等兵」

「はっ」

振り返った瞬間、参謀と目が合った。

「幸運を祈る」

その目に、上尾は悲しい色を見た。

「は、ありがとうございます」

テントを出ると、不思議と風がひんやりと心地良かった。覚悟の決め時である
ことを悟った。


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